補完代替医療

1990年の前後から、ハーブ・ヨガ・瞑想・鍼灸など、現代医療以外のものを用いて健康維持や病気の治療を試みる動きが次第に広まってきました。
医者に眉をひそめられながらも、それぞれの医療がそれぞれの支持者を得て米国社会のあちこちに根付き、実践されるようになりました。
これらの医療は「正規の医療でない、別の」というニュアンスでAlternative Medicineと呼ばれました。これを代替医療と訳したのが補完代替医療という言葉の始まりです。

米国の人々が代替医療の普及を改めて認識したのは、1993年に発表されたハーバード大アイゼンバーグらの研究でした。彼らの調査によれば、米国人の3人のうち1人は過去1年の間に何らかの代替医療を受け、開業医(primarycare physician)よりも代替医療の施術者のほうにより多くかかっている、という驚くべき実態が示されたのです。
その後も代替医療はますます盛んになり、やがて「代替医療と言っても、文字通り現代医療にとって代わることはできず、実際には現代医療を補完しているだけのものが多い」という当たり前のことが意識されだしました。
そしてより実態を適切に表す言葉として、補完代替医療(Complementaryand Alternative Medicine: 略してCAMとも呼ばれる)という言葉が使われるようになったのです。

統合医療

補完代替医療が広まるにつれ、現代医療の専門家の中にもその良さを認める人々が増えてきました。そして補完代替医療を治療手段として取り入れ、補完代替医療の持つ現代医療には欠けている考え方を学びながら、新しい医療=統合医療(IntegrativeMedicine)を生み出そうという動きが生まれました。
すなわち統合医療とは現代医療に属する人々が使い出した言葉です。中でも大学・大病院が率先して統合医療に取り組んでいるのが、米国の大きな特徴です。

統合医療では、さまざまな治療手段があり、それぞれに専門家がおり、医師がすべてを指導しきれないことを認めます。その上で医師はオーケストラの指揮者のような役割を果たし、各施術者と連携をとり、全体の治療を把握し調和させます。
その中心にいるのは患者・消費者であり、治療法を選択したり反応をフィードバックしたり、自ら主体的な役割を果たします。

東洋医学

米国では東洋医学は一般にも良く知られ、Traditional Chinese Medicine(TCM:伝統中国医学)と呼ばれています。東洋医学のさまざまな治療法の中でも鍼灸の浸透は群を抜いており、米国にある60近い鍼灸大学からは毎年約2,000人の鍼灸師が最低3年間の専門教育を終えて誕生します。
実際に診療している鍼灸師数はおよそ1万数千人から2万人と推定され、医師の中にも鍼灸の専門教育を受けて鍼灸治療を行う人々(医師鍼灸師)が3~4,000人ほど存在します。
NIH(国立衛生研究所:世界有数の医学研究機関)も鍼灸の有効性を公式に認め、多くの健康保険が鍼灸治療をカバーするようになりつつあります。大病院の中には鍼灸師を擁し鍼灸治療を施すところも多く、鍼灸は統合医療の重要な要素のひとつとなっています。
鍼灸は米国社会に溶け込んだといえるでしょう。日本式の鍼灸も、その繊細さが評価されて独自の地位を保っています。

鍼灸

米国の鍼灸の主流をなすのは中国系とフランス系の2つの系統です。フランス系はあまり生薬を重視しませんが、中国系は多くが生薬療法も併用します。医師鍼灸師はフランス系に属する人が大部分なので、医師には生薬療法はあまり普及していません。
生薬処方の素材としては、配合した刻み生薬を用いるところもあれば、エキス製剤を用いるところもあります。
用いられる処方は中国処方が普通で、中国名がそのまま広く通用しており、製剤は中国・台湾系の企業が製造しています。日本の漢方は、本草製薬がひとり地道に啓蒙活動を行いながら広めていますが、普及度ではまだ限られています。

このように、鍼灸に比べると東洋生薬療法は中国色がかなり濃厚で、特殊な医療という感を免れません。
一般の健康食品店にも東洋の生薬処方製剤はほとんど見られず、医師の間に広まる仕組みも特にないので、鍼灸治療を受けた人がたまたま処方されて東洋生薬の良さを知る、というパターンでの浸透しか当面は期待できないようです。